八重山の旅 4月22日(木) 出発~石垣到着まで

4月22日 ANA 475 鹿児島(10:45) - 沖縄(那覇)(12:05)


8時半すぎに、自宅をでて車で鹿児島空港に向かいます。
朝からお天気は下り坂。時折強い雨も降ってきて・・・
特に旧福山町から国分市にかけては モウレツなスコールのような雨。
霧も出てきて、フォグランプを点けないと走れないほど

鹿児島空港は 霧島の高台にあるのです。
もともと 霧島は 霧島連邦が 霧の雲海にうかぶ 島々のように見えた事から 霧島という地名になったとか
それほど 霧の発生が多くて・・・

え~ ってことは どうしよう! サイアク飛行機が飛ばないんじゃ・・・・

激しく降る雨をワイパー最速で さばきながら、 心の中では(神様 お願いっ)て思ってました。

空港近くになると 部分的に霧が晴れていたので ほっとしたのですが

屋久島や種子島に向かう飛行機は「視界不良のため、鹿児島空港に引き返すこともある」アナウンス
が空港内に流れていました。

那覇行き・・・はと・ 一安心 条件付でもなく しかも 満席!
結構 鹿児島の人も沖縄に行くのねぇ。。。 今まで大阪便や羽田ばかり利用してたので新発見でした☆

飛行機は鹿児島から種子屋久地方にかかる前線を越えてゆくので、その辺までは多少ガタガタ揺れました。

沖永良部島あたりからは 雲もとれてきて、眼下に広がる海が見えてくるようになり。

着陸態勢に入り、いよいよ沖縄か・・・と思ったら 何故か 胸が切なくきゅーっとなって 涙がでてきました。
(あれ、ヘンだぞ どうして?今から旅行するのに涙がこぼれてくるの????)
自分の感情ではないような・・とにかくフシギな涙でした。

もしかすると・・・・実は 私の父方の祖父は召集されて沖縄に送られ、部隊から部隊への伝令係を
させられていたそうなのですが その際、集中砲火をあびてなくなったそうです。
(余談ですが、八重山旅から帰ってきて 三線で「さとうきび畑」弾いてみたら 涙がとまらなくなって・・・)

小さい頃、一度 鹿児島から沖縄にフェリーで渡って慰霊の旅をしたそうなのですが その際 なくなったと
伝え聞いている丘で、お花とお線香を供え、「おじいちゃんへ」という画用紙に書いた絵をもっていってお供え
したら、宿への帰り道晴れていたのが 急に雨が降ってきたのをなんとなく覚えています。

きっとそうだ おじいちゃんが道中の無事を見守ってくれているんだ・・・

そんな フシギな涙でした。


しかし そんな感傷も那覇についてから 乗り継ぎ便が時間がなく
飛行機のタラップを降りる前に機内アナウンスで 
「この先、石垣島にお乗り継ぎのお客様は お急ぎ~」とのこと
タラップが横付けされるのを待つ間、自分の荷物が運び出されていくのが見えました。
これも離島行きならではかな??

移動のバス中でも 再三「石垣行きのお乗り継ぎのお客様は ご準備を・・・」

ANA 475 鹿児島(10:45) - 沖縄(那覇)(12:05)
            ANA 1769 沖縄(那覇)(12:30) - 石垣(13:30)

そうなんです。待ち時間を少なくしようと、30分も間隔のない便に設定したため・・・
那覇空港は走り抜けました。満席だったのが、石垣に乗り継ぎ客は6名。

6名の異年齢集団が大急ぎで、バスから降り、石垣行きに乗り継ぎます。

花巻~伊丹~鹿児島 のときに花巻からの到着便遅れで、
大阪の伊丹空港を3分少々でダッシュで走り抜けた経験がありますけどネ

石垣行きの機内は割りと余裕があり、ぎっちぎちの満席で飛んできた自分には

ようやく旅行気分を味わう余裕がでてきました☆
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by oosumihayato | 2010-05-09 16:28 | 北へ