そして岩手へ…

d0088735_2211931.jpg

まずは、義援金を募金しました。
前回の宮城岩手内陸…の際はそれでひとまず自分のなかで区切りがつきましたが、今回はテレビであの大津波を生中継で見てしまったからには、あまりにも悲しくて…。

自然ななりゆきで(ボランティアに行こう!)と心に決めました。

ですが、学生時代には朝礼でまず貧血で血の気がひいてダウンして保健室の常連だった私です。アウトドアやキャンプなんてあり得ない人でした。

それが、去年から何故か急に、アウトドアに目覚め、鹿児島や沖縄の海をシーカヤックしたりシュノーケルしたりして体力がついてきました。秋からは屋久島の森歩きでトレッキングにも目覚め…


まずは、体力をもっとつけようと、地元の山岳サークルのトレッキングに参加して、雪残る霧島山系の甑岳に登山し、藺牟田池外輪山縦走トレッキングしたり自分に自信をつけるために山歩きしました。

ちょうど連休明けに住んでる地域で、岩手の大船渡市に復興支援メンバーを募集していたので手をあげました。
ひとりで行くより、皆と一緒の方が安全性の面などで心強いと思い…まだ全国各地で余震が頻繁に起きており、被災地岩手でも最大余震の危険性をいわれてた時期です。
岩手好きな私でもさすがに覚悟がいり、先に岩手入りした方を訪ねて話をきいたりしました。
現地では湾岸部での作業もあるので、堤防も破壊され、地盤沈下のため、大きな余震がきたら津波の危険があることと緊急非難の高台へのルートもレクチャーされました。


そして6月に大船渡市へ
テレビや新聞で目にしてましたが実際、五感で360度、津波で被災した風景の中に身をおくと想像を絶するものでした。
陸前高田にも行きましたか、壊滅して何もなくなった街並みを目にして、胸が痛く、やり場のない切なさと悔しさ無念さに息苦しくなりました。
涙ぐんで手を合わさずにはいられませんでした。
作業は湾岸部での津波に流された車の管理と、各避難所にふりわける支援物質の搬入出作業でした。湾岸部では常に携帯ラジオのスイッチをonにして。
あの頃は、余震もあり1日に1度は震度3があり、夜、寝袋にくるまってると、海の方角からゴォオ〜ッという地鳴りと共に地震がきてました

一緒に行ったメンバー全員、特に怪我や体調不良を起こすこともなく無事帰還しました。

花巻空港を離陸する際、眼下に広がる岩手の風景を見ながら、また秋に必ず来よう、と心に決めてました。
[PR]

by oosumihayato | 2011-10-23 22:01 | ドライブ