見えてきたもの。 人の心の美しさと汚さ。

今回の東北地方を襲った未曾有の大地震。

よく岩手を旅する私は 何度かいくうちに現地に住む友人もできました。
今回の地震で 宮古・釜石という今回の大津波で被災した土地にすむ 知人の安否がとても心配でしたが
奇跡的に無事を確認。
そのほかにも宮城の友人、岩手内陸の友人たちの無事も確認。

ただ、この未曾有の被害で、宮城・岩手は 普通に生活する物資も不足して 沿岸部に助けにいきたくとも
燃料はなく。食料もままならないということで 悶々とした日々を過ごしているそうです。

今すべき事は何か、今私にできることはなにか・・・
まずは、今までと同じ生活を淡々と粛々と送ること。
朝おきて、朝食をしっかりとり、仕事をこなし、夕食を家族と食べ、夜はぐっすり寝ること。

いざというとき、縁の下の力持ちとしてパワー発揮できるように。

でもこんな日常的ななんでもないコトが奇跡の連続。
生かされていることに感謝なんだな~と実感しています
自分の健康を自分で守ることが、まず第一の節約になると思います。
そしてささやかながらも経済をまわすことにも役立つし。 でも無駄使いはしない、不要不急なことはしない。

私の知人に 看護士をされている方が居て もし災害派遣を要請されたら、どうするか?と問われ
迷わず「行きます」と答えたとのこと。そのいきさつと心象吐露の書かれた ブログを読み、
その”誠”の心意気に頭がさがりました。

東日本の人たちを心身ともにバックアップしよう、と動く人たち。

かたや、テレビを見てて 買占めに走った、インタビューに答える首都圏の買出しのおばさん。
「何が必要てわけじゃないけど、陳列棚にあるものはとりあえず全て買いそろえておこうと思って。
なんか不安になっちゃって。あれもこれも買っておかなくちゃって思うんです。」

自分中心でエゴの塊。自分の心の不安を、買うことで払拭しようとしている・・・買い物依存症と変わらない。

買うという行動で満足して、心の動揺・不安を消そうとしている。震災をないものにしようとしている
そこには他人への思いなど及ぶはずもない

自分さえ買えれば他人なんか知ったこっちゃない

あなたの買い込みによって商品がまわらない手に入らなかった 良識のある消費者が迷惑してるんですよ・・
それに、、、たかだか3時間の決まった停電くらいでパニックになってどうするんですか
私の住んでるところは台風。大雨災害で1週間の断水・数日の停電もありました。
不便はあったけどパニックになるような事なんてことなかったし。

便利と迅速を追求するあまりの都会生活の結果が 一部の都会の人間の冷たさ・浅はかさを生んでいる。

それに買い込んでも、乾電池は使い切ればそれで終わり。
食材買い込んでも意図せぬ大規模停電がおきれば冷蔵庫はとまって 食材はいたむし、
オール電化じゃお湯もわかせない。
あなたが買い込んだことで、流通が停滞し、次に買出しにいっても商品はあなた方が買い占めたことで、
お店にはありません

結局自分のエゴがまわりまわって自分に降りかかってくることに気づいていない都市部の一部の自己中心的な人々。(主に主婦だけど。)

どれだけ食べたくても 食料が届かなくて大変な思いをしている被災者がいますか。
同じ日本人として恥ずべき醜い言動ですよ!

カゴいっぱいにあふれんばかりに食材・商品をぎゅうぎゅうにつめこんで
ズラズラとレジに並ぶ年配者や主婦の姿に悲しくなりました。
別に自分んちが被災していないのに。
電気も水道も何不自由ないのに。普通に買い物に出かけられる車とガソリンがあるのに。

諸外国から 日本人は規律正しいとマナーのよさを賞賛されたほどなのに。心無い一部の人間もいる。。

それは 流通の停滞で食べ物がスーパーに入らなくなるのではという心配や不安もわかるし、
自分の家族に食べさせるものがなくなるのではないかという気遣いはわかります。

でも それで 自分さえ、自分の家族さえ食べられればそれでよいのですか?
買いだめして溜め込んで、この先何事もなければ、流通が徐々に元に戻れば
その後賞味期限がいっせいにくる食材は捨てるのですか?
「もう古いし食べられないわ。どうせ何事もなかったし。今思えばこんなもの買って無駄買いしちゃったわ~」
なんて。 生ごみ収集の日になんのためらいもなく捨てるのでしょうか。

「欲張って買いだめする」
しかし、自分だけ助かろうと欲張った我欲の塊のような人は極限的状況で試されると思います。

今は 助け合う事、支えあうことが何よりも大事。
そして自分にできるベストなことは何かを考え 実践にうつすこと。
役割を果たす事、無私の心で尽くしてあげること。
その人なりの支え方は千差万別・十人十色でいい、
「〇〇まではできないけど △△なら私にもできる」そんなささやかな 他人を思いやる精神があれば 
それを実践するだけでも大きな力となります。

少しずつ、少しずつ、それが大きい。

実際、妹の友人に郡山に住む人がいて、仕事は自宅待機。食料を求めようにも店には商品はなく、探し回るガソリンもなく 途方に暮れています。

妹はその友人からの電話を受けて 話を聞いて慰めています。
今は 話を聞いてあげる事しかできないけれど、でも最大の私のできることだから・・と言って。
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by oosumihayato | 2011-03-20 00:19 | 南へ

明日に向かって。

未曾有の大震災で今も行方、安否不明の方もおり、胸が痛みますが
受けとめがたい事実ではありますが、事実は事実として受けとめて、
今は自分が出来ることを、役割をはたしていくことがベストだと思います。
それぞれの立場で。ベストを尽くして。
助け合う気持ちを持って、自分が出来る事をこなしてゆく。
九州に住む身としては、まず、自分たちが今までの生活を続けてゆくこと。
東北に住む友人に言われました
「西日本に住む人々が今までと変わりなく生活し、経済基盤を支えてくれることで 復興も早くなり力づく」

人、物、お金が動かな(回らなければ)流通も停滞してしまう
飲めや歌えやの宴会をしてよい事とは違いますが

西日本の人々の明るさ 元気と優しさが東日本の方々の救い、癒しに繋がると思うのです。
私の住む地域も何度も大雨、台風災害に見舞われ大きな被害を出しながらも前を向いて暮らしてきました。時には十日くらい断水したり、未曾有の記録的な豪雨に避難所で炊き出ししたり 亡くなった人を悔やみ、これからの不安にかられたり、今避難所で暮らす方々の気持ちも理解できます
だからこそ。

今こそ 日本人に必要なのは 結いの心意気なんだと思う。

八重山の小さな島で感じた 助け合いの心
他人にたいしても、はじめてきた旅人にも わけへだてなく 人懐っこい  しまんちゅのあたたかさ。

それは、沖縄・八重山の人々が 過去歴史上。自然災害・戦争災害を 強い心で耐え、乗り越えてきた 

悲しみをこえた優しさ、あたたかさなんだと思う

今こそ、ひろがれ ゆいま~る。

ユイユイユイ ユイユイユイ ゆいま~る

ちばりよ ちばらな ゆいま~る
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by oosumihayato | 2011-03-19 23:55 | 南へ

藺牟田池外輪山縦走トレッキング

昨日 それこそ本格的に山に登ったのは高校二年の霧島連山縦走以来

トレッキング仲間の集いに参加して藺牟田池外輪山縦走ハイキングしてきました
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低山ハイキングといえど、とちゅう急登(脚力のない私にとっては)ロープをつかんだり バランスくずしたら前につんのめりそうな下り坂(運動不足の私にとっては)
心臓破りの(しつこいようだが(笑)体力不足の私にとっては)段差と幅がまちまちな丸太での頂上までの急角度な階段とか息が上がりながらの登山でしたが,
和やかで優しくたのもしい仲間に出会い励まされて 縦走できました
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「山登りすると、いい人になれる。いい人に出会える」体感、実感しました
ついでに現在の脚力のなさ、運動不足も痛感しました。
それにしても トレッキングポール大助かりでした。。おかげで今日は膝も痛くならず。
でも低山ハイキングではポールなしで登れるように脚力つけたい。目標できたゾ

実戦してみて、必要な水分量、行動食事という名のおやつの量(笑)ザックの使い勝手がわかったので次回はもっと要領よく荷物のパッキングできそうです


ではでは 山行記録日記をば。◆◇◆◇◆

藺牟田池外輪山は人気なようで、中高年の団体ご一行様・家族連れ・ご夫婦の登山客とすれ違いました。
皆思い思いに山歩きを楽しんでいました。
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 野外で食べるお弁当てシンプルであればあるほど 一口一口が美味しく感じるのは何故なんでしょう?
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縦走行程の途中、見晴らしのよいところが何箇所もありました

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藺牟田池は火口湖。ぐるっと外輪山がとりまいてます。全行程の3分の2くらい歩いたくらいかな?なお茶色く見える草地は 湿地帯。貴重な動植物が生息していて ラムサール条約にも登録されています。
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湖面をさあっと風が渡ってきて、風の道がみえました。。
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 木霊にも出会えました??!
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一緒に登った方々が 和やかでそして たのもしくって。心身ともに助けられました!!
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下山後の藺牟田池は春の日に湖面をキラキラと輝かせていました。

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そのまま湖畔の温泉に直行 この日は26日=フロの日でなんと50円!

縦走した山々。よく登ったなぁ!!!
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汗を流してすっきりしたあとは 心地よいけだるさに身を任せて帰路につきました。
一緒に登ってくださった皆さん 素敵な出会いをありがとう!!
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by oosumihayato | 2011-03-04 23:22 | ドライブ

沖縄 慰霊と浄化と 心を見つめるたび 最終回

沖縄本島の旅 最終日

朝は、なんと水平線から朝日がのぼりました。
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朝食時に宿のオーナーにそのことを話したら
オーナーでも月に1・2回見られるかどうかなんですって。
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なんてラッキー☆
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今回の旅は 癒しの旅になりました。 前半は慰霊に 後半は浄化の。
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でも 結局は私自身が癒されていたのかもしれない と感じました。
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知念半島はとても気持ちのよいところ。 また 旅してみたい場所です
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by oosumihayato | 2011-03-01 17:22 | 北へ

沖縄 心をみつめる旅 ~久高島

翌朝は気持ちよく目覚め テラスで朝食をのんびりと味わう。
今日は 久高島に渡る日。お天気がよくても波が高いとフェリーは欠航してしまうらしい。

朝10時の 安佐真港初の フェリーくだかで 久高島に渡る。
フェリー駐車場はあと2台で満車になるところだった。そんなに人が渡ってるんだ・・

この島は 沖縄発祥の伝説の残る島で、今でも多くの伝統芸能と祈りの行事が伝わる特別な島なのだ。

20分少々で着岸し丘をのぼり貸し自転車「たまき」て自転車を借り
のんびりと島内の散策にでた
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(ただし 祀りのある日は島北部は島の人々以外立ち入ることを禁じられる場所もあるそう。
また島内のあちこちに立ち入り禁止の聖地があるのでみだりに細道を分け入らないほうがいい)

では 久高島の光景をご堪能ください。

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ちなみに 私は。ロマンスロードの東屋のところで芝生に腰をおろし 海風に吹かれてサンドウィッチを食べていたら 足裏がじーわじーわ何やら心地よいしびれのようなものを感じて 眠くなりしばらくお昼寝をしてしまった。。。
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↓島の北端 カベールへと続く白砂の一本道。なぜか 竹富島の道を思い出した。。
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3時すぎの高速船で島をあとにした。ちなみにフェリーで往復券を購入していても、差額料金を支払えば高速船に乗せてもらえる。

久高島・・とても心地よい祈りの島。 竹富島にも行きたくなった・・
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by oosumihayato | 2011-03-01 17:20 | 北へ

沖縄 慰霊と浄化の旅2

滞在した宿は ペンション美ら島
知り合いの方がここを定宿にされていることで、選んだのだが 某口コミサイトでも評価の高い宿らしい。
確かにお部屋の居心地もお食事も◎ 夕食も グルクンの空揚げ もずく酢 ゴーヤチャンプル など
沖縄の素材がふんだんに使われていて とっても美味しかった!

食事後のんびりお茶をのんでいたら オーナーが真空アンプなど オーディオいじりが趣味のかたで 
泊まり合わせたご夫婦がはじめての沖縄で三線体験してきたのでCD聞きたいということでかけたのが
森山良子の「さとうきび畑」などだった。
聞いていると お昼の祖父との再会を思い出し おもわず目が潤んでしまった。

食事後夜風に吹かれながら 外階段を3回の自室へとあがっていると
海向かいの水納島にある灯台から明かりが ポーッ ポーッと差し込んできて

おとなりはさとうきび畑。 空にはお月様
さわさわとさとうきびの波を渡ってくる風に吹かれて しばし物思いに。


翌朝は気持ちよく目がさめ 西表島からみた 鳩間島みたいな風景
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10時前に美ら海水族館に到着

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実は 恥ずかしながら 水族館はうまれてはじめてなのでした。。
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イルカのショーをまるで小学生のようにワクワクして楽しんだ
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一気に 南部 知念へ。
ニライカナイ橋をくだり 与那国馬の乗馬クラブへ
ビーチで1時間半ほど乗馬を楽しんだ。ひとりで馬を操作
与那国馬は人懐っこくて、頑張りやさんで とても頭のかしこい子だった
夏には馬ごと 海にはいってゆけるらしい。
もっと上手に乗りこなせるようになったら 暴れん坊将軍ごっこできそう
そして二日目の宿へ
ペンション ポランの広場に宿泊
ここは宿のオーナーが宮沢賢治が好きということで 宿内のあちこちに賢治にちなむポエムが飾られていた
部屋にはベランダがついていて夕暮れや朝日を楽しめるようになっている
もちろん ベッドに寝ながらにして 久高島沖から昇る朝日を眺められる 贅沢な所。
夕食後 特にすることもなく居間でのんびり雑誌を眺めていたら 
地元の常連さん親子(お嫁さんとおばあちゃん)が立ち寄り これからイルミネーションを見に行くとのこと、
このおばあちゃんが偶然にも鹿児島のすぐ隣の都城ということで 親近感を感じてくださって
一緒に行きましょう!とイルミネーション見に誘ってくれた

それも 先日いった平和祈念公園近くの観光農園で
「130万県民「平和の光」いとまんピースフルイルミネーション」というイベントとのこと

フシギな縁を感じながら、イルミネーションの向こうで 歓声をあげる 子供達と家族連れを眺めていた
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by oosumihayato | 2011-03-01 17:18 | 北へ

12月 沖縄本島の 慰霊と浄化の旅。

私が八重山諸島を知り、出会ったのは今年の最大の出来事だった
竹富島の光景も西表島の野性的な森も海もすべてが楽しかった・・・

そして これからも八重山を沖縄を旅するにあたり私の中で一度は行っておこうと決めていた地がある。

沖縄本島には 実は幼稚園の年長組のときに 鹿児島からフェリーで旅した ことがある。
ただ、記憶はほとんどない。船内で右左に大きく揺られていたことくらい
・・・・・・・・

実は 父方の祖父の顔を私は知らない。 もちろん父自身も父親の思い出はほとんどない。
父が物心つく前に沖縄に召集され
沖縄本島南部の激戦の地、南風原で流れ弾にあたって亡くなったのだ。 (役目は伝令だった)

何のきっかけだったのか、私が小学校にあがるとき父と祖母と私と妹で4人で慰霊旅行をすることになった。当時は今のように格安航空運賃なんてなかったから(母は船に激弱で行けなかった。)

父と祖母が亡くなったと伝わる地南風原の津嘉山でお線香をあげるなか
私は祖父へのメッセージを画用紙いっぱいに描いた絵とともにでお供えしたらしいのだが 
その日は晴れて暑かったのが にわかにかき曇り、パラパラと雨の雫が空から落ちてきた事だけははっきりと覚えている。 (おじいちゃんが きっとうれしくて泣いてるんだ!)て思ったのも。

ターニングポイントを迎えたことで おじいちゃんに再会しに行こうと思った。
もしかしたら 摩文仁の丘の平和の礎に刻銘されているかもしれないということで、その確認も兼ねて。


前日までは 沖縄も今年一番の肌寒さだったらしく、また前日までストライキ予告がされていて
少々不安な出だしだったが、結局ストは回避され那覇に到着したら雨もあがり、晴れ間もでて
天気が回復してきた 。そのまま糸満方面に車を南下させ、平和祈念公園へ。
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沖縄南部は穏かな光が差し込んでいてとても心地のよい所
そんなところに数十年前 海を軍艦が取り囲み、砲弾・爆撃で、人々が悲鳴をあげて逃げ惑っていたなんて ただただ哀しくなった。 平和の礎に到着し 祖父の名を検索したら 該当。
瞬間、涙がぶわっとこみあげて 「おじいちゃーん!あった~!おじいちゃん!」と泣きじゃくっていた。
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お花をもってお参りし、祖父の名前を指でたどりながらしばらく 静かに頭をたれて・・
命が尽きる意識がうすれゆくなか最後に何を思っただろう。
まだよちよち歩きだったひとりっこの父の姿を、生い先楽しみだった一人息子を思い浮かべながら命が消えていったのか・・と思うと むごくてむごくて。
そして、沖縄の人々の歴史をきちんと受け止めようと 敷地内にある資料館にも足を運んだ。
展示されている遺品・目をそむけたくなるほどの写真・動画。 でもしっかりと自分の目にやきつけた。
戦は、人が人でなくなってしまう愛しいものを引き裂くむごい事だと 改めて感じた。

当日は 北部の瀬底島に泊まることになってたので そこからいちど南風原の津嘉山を経由した。住宅地開発でかなり風景は様変わりしていたが
通過しながら目礼をして高速道路を一路 名護・本部方面へ車を走らせた
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by oosumihayato | 2011-03-01 17:15 | 北へ