八幡平ごほうび紅葉トレッキング Ⅰ

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ボランティア作業の翌日。

岩手を旅するようになってからずっと長年かなえたかった夢  紅葉まっさかりの紅葉狩り。

いつも岩手に行くときは9月あるいは11月で、紅葉が始まる前か紅葉が終わったあと・・・だったので
なかなか全山紅葉まっさかりという時期に行ったことがなく。

TVで見るたびに、(いつか岩手で紅葉のなかを散策してみたい・・・・)という夢がありました。

今年は夏があたたかかったせいか、紅葉が遅く?ちょうど岩手行きの前に。全国ニュースで
八幡平の紅葉が今週末にピークを迎えるとやっていて・・。

ちょうど、ボランティア作業を終えたころが紅葉まっさかりだ!ということで 八幡平の池めぐりトレッキングを
することにしました。

一緒にボランティア作業に参加した友人とともに、八幡平市観光協会に問い合わせて自然散策ガイドを紹介いただき。高山植物をガイドしてもらいながらのトレッキングに参加することになりました。

本来ナラバ、遠野駅で駅レンタカーを借りるつもりでしたが、岩手行き1ヶ月以上前に電話したところすでに予約でいっぱいで、花巻までおりることになりました・・・(^^;)

トレッキング当日。朝もやのなか、遠野駅へと歩く。釜石線に乗るなんて10年ぶりだ・・・。
いつもは花巻空港からレンタカーで一路遠野へ、、、というパターンなので懐かしくも新鮮な気分♪
6:50すぎの釜石発盛岡行きに乗り込む。
(コーフンしすぎて、駅の写真とるの忘れちゃったよ・・・)

花巻に下るにつれ、濃かった霧も次第に晴れてゆく。車窓より上空を見上げたら青空がのぞく 快晴だ!!

朝の車内、花巻市内の高校に通学する学生さんたちが次々と乗り込んでくる。
私も眠い目をこすりながら、フェリー(笑)に揺られて通学してたっけ・・・・。

花巻につく8時前には かなりイイカンジのお天気になってきました。

レンタカーを借りて。
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by oosumihayato | 2011-10-30 21:00 | 北へ

高隈山地の山並み ~北東の空に向かって (画像修正)

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私の住む大隅半島でも、遠野に似たお気に入り風景♪その1

なんとなーく、六角牛山や 天ヶ森に見えなくもない?

錦江湾岸を走る国道から1キロほど山の手にいった場所。北東の方角。

あの山の奥のはるかな空に 東北・岩手はあるのです。。
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by oosumihayato | 2011-10-30 20:28 | ドライブ

黄金の国イワテ ボランティア旅

さて・・・予告してました通り岩手班再開です!

10月の連休に岩手でボランティア作業をしてきました。

個人ボランティアの大型受け入れセンターでもあり、また沿岸被災地後方支援基地でもある遠野市の
ボランティアセンター、遠野まごころネットに登録して活動しました。


遠野まごころネット

大槌町での仮設住宅めぐり
大船渡越喜来地区での復興イベント
大槌での花壇の整地草取り作業

今回の岩手行きの前に、テレビで何故かやたら「大槌」の文字を目にしててなんとなくひっかかってましたが
大船渡についで大槌町もボランティアの縁がつながる土地になろうとは。。

今回は遠野駅近くの宿をとり、毎朝宿からボランティアセンターのある白岩地区まで自転車で15分ほど
朝もや・霧の中を漕いで出勤?していました。

ボランティア活動中の写真はありません。センターより被災地での写真撮影は現地の住民感情を考慮して
原則禁止!との通知でしたので
確かに作業中、車でやってきた人が草野原となったかつての町をパシャパシャデジカメで撮影しているのを見ましたがなんだか違和感がありました

ボランティアはかわいそうだからやってあげる、というものではなく現地の方々の復興へのお手伝いをさせて
いただき、復興へわが身を役立ててもらおう、という”よりそう”スタンスですから

大槌町内を作業現場にむかって車で移動していたところ、

かつて住居のあった基礎部分、土台や玄関があったろうと思われる場所に綺麗なお花が花瓶にいれられ
供えられてあり、

・・・ここが以前は中心市街地で人々の行きかう住宅街であったこと、
あの日大津波がやってきて、一瞬のうちに瓦礫と化してしまったこと。

ここで津波に飲まれて大勢の人が亡くなり、引き波とともに海にさらわれて行方不明になっている現実・・・

そんな現実を目の当たりにしました。


大きな瓦礫類は処分されて、整地されており、草野原とかろうじて残った鉄筋コンクリートの建物数棟が
引き裂かれた建具や割れた窓ガラス、カーテンがひらひらはためくだけになっており

車や風で土ぼこりがときおり舞い上がっていました。

悔しさと切なさとむなしさと無念の思い、自然の脅威を感じ ただただ泪をこぼさずにはいられませんでした

岩手の絆☆★☆
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by oosumihayato | 2011-10-29 22:13 | 北へ

いわてシンクロ

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午前中、車を走らせ高隈山地の山並みを眺めながら、
肌寒くなってきたなあ…

沿岸の仮設住宅にいる人々に毛布は届いただろうか、こたつはあるだろうか、寒さに震えてないだろうか…
と、思いをよせ

岩手での日々、遠野の友人知人の顔をひとりひとり思い浮かべながらいました。

信号が赤になったので、前の車に追いつき信号待ちしてたところ


ふと前の車のナンバー見たら

311

でした。

見間違い?と思い何回も目をこすり凝視しました。
なんというシンクロ!

何かのメッセージだったのでしょうか。
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by oosumihayato | 2011-10-28 12:47 | ドライブ

冬眠準備?!

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オラホのわんこ、たかおさん。
朝夕肌寒くなってきたんで、身体を丸めて寝るようになってきますた。

これが、寒さに比例して角度が小さくなり、アルマジロかアンモナイトか、とゆーくらい、とぐろ巻く(笑)状態になります。
…ま、冷え込む前にちゃんちゃんこ着せてあげてますけどね。

今夜は、NHKBSで遠野がうつるとか。
寄り合いが早く終わるといいなあ、リアルタイムで番組を見たい
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by oosumihayato | 2011-10-27 12:24 | ドライブ

今日のわんこ兄弟

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今日の、たかおさん。
オラホのイヌっこ(笑)

(遠野編の再開は週末に♪)

今朝は起き抜け肌寒くて上に羽織るモンをひっかけますた。

…この分だと
東北岩手は今朝は冷え込んだべ?
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by oosumihayato | 2011-10-26 14:44 | ドライブ

息抜き その2

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どちらが、ホンモノでしょーか??

岩手から比べれば暖かいとは言え、以前よりは随分と朝夕が肌寒く=涼しくなってるので
我が家のわんこが、とぐろをまく季節になってきました
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by oosumihayato | 2011-10-25 13:33 | ドライブ

ふたたび、岩手へ〜10月

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6月から約4ケ月。
大船渡の町はあれからどうなっただろう…
あの日、花巻空港を離陸して旋回上昇する機内から眼下に広がる岩手の風景を眺めながら、(秋にまた岩手に戻ってこよう)と心に決めました。
夏に2ヶ月前の航空券を予約しました。鹿児島〜大阪をANA、大阪〜花巻をJAL。
(鹿児島〜大阪はJALも飛んでますがボンバルディアのプロペラ機。6月に梅雨前線越えですさまじく揺れたのがこたえたので(-"-;))
出発地の手荷物預かりカウンターで最終目的地まで伝えると他社便でも荷物の載せ替えをしてくれます。
今回はボランティア作業がメインでしたので、まずは地元の社会福祉協議会に出かけてボランティア保険に申し込み加入し、遠野まごころネットへ登録し、携行品リストをチェックし、体調管理に努めていました。
岩手と鹿児島だと随分気候も異なります。
長袖をどのくらいの厚みを持ってくか、しばらくスーツケースから出したり入れたりしてました
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by oosumihayato | 2011-10-24 21:53 | ドライブ

そして岩手へ…

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まずは、義援金を募金しました。
前回の宮城岩手内陸…の際はそれでひとまず自分のなかで区切りがつきましたが、今回はテレビであの大津波を生中継で見てしまったからには、あまりにも悲しくて…。

自然ななりゆきで(ボランティアに行こう!)と心に決めました。

ですが、学生時代には朝礼でまず貧血で血の気がひいてダウンして保健室の常連だった私です。アウトドアやキャンプなんてあり得ない人でした。

それが、去年から何故か急に、アウトドアに目覚め、鹿児島や沖縄の海をシーカヤックしたりシュノーケルしたりして体力がついてきました。秋からは屋久島の森歩きでトレッキングにも目覚め…


まずは、体力をもっとつけようと、地元の山岳サークルのトレッキングに参加して、雪残る霧島山系の甑岳に登山し、藺牟田池外輪山縦走トレッキングしたり自分に自信をつけるために山歩きしました。

ちょうど連休明けに住んでる地域で、岩手の大船渡市に復興支援メンバーを募集していたので手をあげました。
ひとりで行くより、皆と一緒の方が安全性の面などで心強いと思い…まだ全国各地で余震が頻繁に起きており、被災地岩手でも最大余震の危険性をいわれてた時期です。
岩手好きな私でもさすがに覚悟がいり、先に岩手入りした方を訪ねて話をきいたりしました。
現地では湾岸部での作業もあるので、堤防も破壊され、地盤沈下のため、大きな余震がきたら津波の危険があることと緊急非難の高台へのルートもレクチャーされました。


そして6月に大船渡市へ
テレビや新聞で目にしてましたが実際、五感で360度、津波で被災した風景の中に身をおくと想像を絶するものでした。
陸前高田にも行きましたか、壊滅して何もなくなった街並みを目にして、胸が痛く、やり場のない切なさと悔しさ無念さに息苦しくなりました。
涙ぐんで手を合わさずにはいられませんでした。
作業は湾岸部での津波に流された車の管理と、各避難所にふりわける支援物質の搬入出作業でした。湾岸部では常に携帯ラジオのスイッチをonにして。
あの頃は、余震もあり1日に1度は震度3があり、夜、寝袋にくるまってると、海の方角からゴォオ〜ッという地鳴りと共に地震がきてました

一緒に行ったメンバー全員、特に怪我や体調不良を起こすこともなく無事帰還しました。

花巻空港を離陸する際、眼下に広がる岩手の風景を見ながら、また秋に必ず来よう、と心に決めてました。
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by oosumihayato | 2011-10-23 22:01 | ドライブ

それから

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意識がとびそうな眠気にたまらずしばらく仮眠をとったあと、席に戻り時計を見たら3時前でした。15分くらい仮眠をとってたと思います。
身体が少し楽になり、さてもう一仕事とパソコンに向かいはじめたころでしょうか、常連のお客さんが事務所のカウンターに血相かえてやってきて「大変!大地震が起きたよ!テレビすぐつけて!
東北で大地震だよ!」と上ずった声でした。
びっくりしてただならぬ雰囲気に、なんだなんだとテレビをつけたら、N○Kでアナウンサーが緊迫した声で繰り返し放送してました。
そのうちに大津波警報で10Mと表示され…どこかの漁港のライブカメラに切り替わり、最初はなんともなかった風景が見る間にに海面が盛り上がり堤防をこえて流れこみはじめました。事務所の皆、固唾をのんで画面を食い入るように見つめ、「きゃー!早く逃げて逃げて!」「何でそっちに行くの!波きてるのに」「逃げて〜お願い、逃げて〜」と各自が迫り来る津波に悲鳴を上げてました。
私はただただ、膝がガクガクと震え、「なんで、なんでまた東北に?岩手に?」頭が真っ白でした。沿岸部の甚大な被害に、岩手県内に住む友人らがどれほどの混乱と恐怖の中にいるだろうと思うと胸がしめつけられました。

そのうちに鹿児島にも1〜2mの津波注意が出て乗るはずだった鹿児島湾内のフェリーが2航路とも欠航してしまいました。
その晩は恐怖と悲しみで胸がドキドキ動悸がとまらず、庭に出て北東の空に向かい手を合わせて祈るしかありませんでした。

…今回、遠野の友人達に会って話を聞いたところ、ゆーらゆーらと2分あまり揺れてて、これは大きな津波がくる!と直感したとか。

その後も余震は頻繁に続き、一年に一回地震で揺れるかどうかの土地に住んでる者として、東北の甚大な被害は想像を超えていました…

★次回は、東北へ復興支援へ、に続きます。
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by oosumihayato | 2011-10-21 20:30 | ドライブ